事業所の防災に必要な3つの地図の作り方は? ~避難所マップ・従業員居住地マップ・帰宅ルートマップ~

2024年03月14日配信

更新:2026年9月1日

大きな地震によって公共交通が止まったとき、事業所に取り残されるのは従業員だけではありません。来訪者や取引先の担当者も同じように動けなくなります。その全員が一度に帰ろうとすれば道路や駅に人があふれ、救助活動の妨げにもなりますが、かといって何日も事業所で過ごしてもらうわけにもいきません。

このとき事業所には、いくつもの判断が求められます。
施設と周辺の安全性を確認し、安全が確かめられたなら施設内にとどまってもらい、危険と判断されたならより安全な場所へ移動してもらう。交通機関の復旧や道路の状況を見ながら、誰から順に帰ってもらうかを決める。どれも具体的な場所と結びついた判断です。
あらかじめ地図の形にしておけば、そのときになって迷わずに済みます。

災害時の事業所に必要な3つの地図

用意しておきたいのは、避難所マップ従業員居住地マップ帰宅ルートマップの3つです。それぞれ、何を決めるための地図なのかが違います。 
図1-1

図1 3つの地図は、いつ使うのか
※濃い部分が主に使う場面です。区切りは目安であり、災害の種類や状況によって前後します。
※作図に画像生成AIを使用しています。

避難所マップは、建物や周辺が危険と判断されたときに、その場にいる全員をどこへ移動させるのかを示すもの。従業員居住地マップは、施設内にとどまってもらう場合に、何人分の備えが必要かを見積もるためのもの。帰宅ルートマップは、帰宅を始めてよいかどうかを方面ごとに判断するためのものです。

背景にある条例とハンドブック

こうした備えの拠りどころになるのが、自治体の条例や指針です。ここでは東京都を例にとります。
東京都帰宅困難者対策条例の第7条は、事業者に対して次のように定めています。

事業者は、大規模災害の発生時において、管理する事業所その他の施設及び設備の安全性並びに周辺の状況を確認の上、従業者に対する当該施設内での待機の指示その他の必要な措置を講じることにより、従業者が一斉に帰宅することの抑制に努めなければならない。

2 事業者は、前項に規定する従業者の施設内での待機を維持するために、知事が別に定めるところにより、従業者の三日分の飲料水、食糧その他災害時における必要な物資を備蓄するよう努めなければならない。

出典:東京都帰宅困難者対策条例 第7条

安全性と周辺状況の確認が前に置かれていること、そして備蓄が3日分とされていることが要点です。対象は従業員だけではなく、同条例の第8条第3項は、集客施設等以外の施設の設置者・管理者についても、施設利用者の保護のために必要な措置に努めるよう定めています。オフィスや工場もこの範囲に含まれます。

あわせて東京都の『帰宅困難者対策ハンドブック』は、あらかじめ帰宅開始の順序等を定めた「帰宅ルール」を策定しておくこと、その際は帰宅する方面等で順序を考慮し、日頃から従業員の居住地の把握に努めることを示しています。

同様の条例や指針は他の自治体でも定められている場合がありますので、所在地の公表資料をご確認ください。いずれにせよ、誘導先を示すにも、備蓄を発注するにも、帰す順序を決めるにも、地図が要ります。

以下、1つずつ見ていきます。なお本稿で扱うのはいずれも建物の外側の地図であり、建物の内側については触れません。

避難所マップの作り方|どこへ移動させるかを決める

建物や周辺が危険と判断されたとき、その場にいる全員をどこへ移動させるのかを示す地図です。対象は従業員に限らず、来訪者や取引先の担当者を含みます。

使うのは発災時だけではありません。平時は施設内に掲示して周知や訓練に使いますし、大雨のように前もって避難情報が出る災害では、発災前に見ることになります。自治体が配布する冊子のハザードマップは市区町村全域を収録した大判のものが多く、掲示や携帯には向きません。拠点を起点に、その場で見て動ける1枚を用意します。

避難・社員・帰宅_図2_2

図2 事業所を中心とした避難所マップの完成イメージ
※実際の配布物では、各避難先に対応する災害種別(地震・洪水・土砂災害)を併記します。
※本図は解説用のダミーデータによるものです。実在の企業・個人のデータではありません。
※スーパーマップル・デジタル27を使用しています。

 手順1  表示する範囲を決める
拠点を中心に、徒歩で移動できる範囲を切り取ります。市街地であれば、徒歩10分から15分、半径にしておよそ700メートルから1キロメートルが一つの目安です。郊外や地方では最寄りの避難先までの距離が長くなるため、実際の位置関係に合わせて調整してください。
範囲を広げると縮尺が小さくなり、地図に表示される情報が間引かれます。目印になる建物や細い道が消え、移動するのに必要な情報が不十分になる可能性があります。

 手順2  避難先を載せる
自治体が公表している指定緊急避難場所指定避難所、そして一時滞在施設を配置します。ここで必ず確認したいのが、それぞれの施設がどの災害種別に対応しているかです。指定緊急避難場所は災害種別ごとに指定されており、地震では使えても洪水では使えない施設があります。この対応関係を落とすと、地図があっても誤った場所へ誘導してしまいます。

 手順3  ハザード情報を重ねて、経路を確かめる
避難先そのものが安全でも、そこへ向かう経路が浸水想定区域や土砂災害警戒区域を通っていては意味がありません。経路がそれらを避けて引けるかどうかを確認し、避けられない場合は別の避難先を選び直します。

 手順4  経路を引き、凡例を付ける
分岐の少ない、幹線道路沿いの分かりやすい経路を選ぶのが原則です。あわせて、災害種別ごとに色や記号を分けた凡例を付けます。

 手順5  A4に収めて書き出す
A4以下に収め、印刷して掲示するとともに、従業員には画像として配布します。来訪者は配布物を持っていないため、施設内への掲示が欠かせません。

この地図があると、次のことができるようになります

  • 建物が使えない場合の移動先を、事前に確定しておける
  • 地震・洪水・土砂災害それぞれの避難先を、その場で迷わず選べる
  • 掲示物として提示することで、口頭説明なしに来訪者を案内できる

従業員居住地マップの作り方|何人分の備えが要るかを見積もる

施設内にとどまってもらうことになったとき、何人分の備えが必要かを見積もるために作る地図です。ただし出番は発災後ではありません。備蓄をそろえ、帰宅ルールを決めておく平時にこそ使うものです。前後の2つと違い、これは配布物でもありません。従業員の住所という個人情報を含むため、総務部門やBCP事務局が内部で使う資料と位置づけてください。

 手順1  名簿から住所を抽出し、粒度を丸める
番地まで入れる必要はありません。最寄駅や町丁目の単位に丸めておけば、方面別・距離帯別の人数を出すという目的には十分ですし、個人情報の取扱いも軽くなります。氏名の列も不要です。

 手順2  CSVに整えて一括で取り込む
住所または緯度経度を含む一覧をCSVやExcelで用意し、地図ソフトに読み込みます。1件ずつ入力する必要はありません。

避難・社員・帰宅_図3

図3 従業員50名の居住地をプロットした状態
※本図は解説用のダミーデータによるものです。実在の企業・個人のデータではありません。
※スーパーマップル・デジタル27と編集済みオープンデータを使用しています。

以降の図は、東京都千代田区麹町を拠点とする架空の企業を想定した、架空の従業員50名分のダミーデータによるものです。

 手順3  同心円を描いて距離帯で区切る 避難・社員・帰宅_図4

図1 拠点周辺のみを表示した状態(狭域)
※本図は解説用のダミーデータによるものです。実在の企業・個人のデータではありません。
※スーパーマップル・デジタル27と編集済みオープンデータを使用しています。
※30kmの円は、全体の位置関係を把握しやすくするための補助線です。

徒歩で帰宅できる距離の目安は一般に20キロメートル程度と言われますが、これは行政が定めた基準ではありません。震災時は路面の状態も平常時とは異なるため、本稿では10キロメートルと20キロメートルの2段階で区切っています。自社の実情に応じて調整してください。なおここでの距離は直線距離で、実際の徒歩ルートは川や線路を迂回する分、1.2倍から1.5倍程度になります。

 手順4  方面別に色分けし、人数を数える

区分 直線距離 人数 割合
A:徒歩帰宅可能圏 10km以内 14名 28%
B:条件付き 10〜20km 23名 46%
C:当日帰宅困難 20km超 13名 26%

当日中に帰宅できる見込みがあるのは14名、全体の28%にとどまります。裏を返せば、残る36名は施設内での滞在が長引く可能性があるということです。

 手順5  備蓄の見積もりに反映する
東京都帰宅困難者対策実施計画は、3日分の備蓄量の目安として1人あたり水9リットル(1日3リットル×3日)、主食9食、毛布1枚を挙げています。ここで注意したいのは、この目安を掛けるのは「帰れない人数」ではないという点です。条例のQ&Aは「発災時及びその直後に職場にいるであろう従業者が3日間待機できる量」と説明しています。50名が勤務する事業所なら、水450リットル、主食450食、毛布50枚。これに外部の帰宅困難者のために10%程度を上乗せします。

では居住地マップは何に効くのか。滞在がどれだけ長引きそうかの見立てです。同じQ&Aは、道路の安全等が確保され二次災害のおそれがない場合には3日を待たずに帰宅行動を取ることも可能だとしています。A区分の14名は早い段階で帰宅できる可能性がある一方、C区分の13名は3日を超えて滞在が長引くことも想定しておく必要があります。

この地図があると、次のことができるようになります

  • 備蓄の見積もりに根拠が入ります。総量は在勤者数から、長期化への備えはC区分の人数から、と分けて考えられます
  • 人数の多い方面から順に帰宅ルートを検討する、という優先順位がつきます
  • 方面別に班を編成し、班ごとに連絡要員を決めるという運用に落とし込めます
 ダウンロード(無料)  従業員居住地 棚卸しシート(Excel) 本稿の手順1から4をそのまま実行できるフォーマットです。緯度経度を入力すると、方面・直線距離・帰宅区分が自動で判定されます。 収録項目:社員ID/所属/居住自治体/最寄駅/方面/直線距離/帰宅区分 記入例つき(架空の50名分) 方面別・距離帯別の集計シート付き

帰宅ルートマップの作り方|帰ってよいかを方面ごとに判断する

帰宅を始めてよいかどうかを、方面ごとに判断するための地図です。帰らせるための地図というよりも、帰らせてよいかどうかを判断するための地図だと考えてください。

出番は災害の規模によって前後します。東京都は発災後3日間の施設内待機を呼びかけていますが、これは道路が3日間通れないという意味ではありません。ハンドブックは、人命救助のリミットが72時間とされること、救助・救命活動を妨げないこと、二次災害から身を守ることを理由に挙げています。実際、条例のQ&Aは、道路の安全等が確保され二次災害のおそれがない場合には3日を待たずに帰宅行動を取ることも可能だとしています。10キロメートル圏内に住む従業員であれば、当日のうちに判断することもあり得ます。

一方で、一斉帰宅抑制の「解除」が都から出るわけではありません。公共交通機関の復旧状況と周辺の安全を確認したうえで、事業者自身が判断することになります。

 手順1  人数の多い方面から着手する
全方面を一度に作る必要はありません。居住地マップで人数の多かった方面から順に手をつけます。ダミーデータであれば、西方面15名、東方面9名、北方面8名の順です。

 手順2  幹線道路沿いにルートを引く
徒歩帰宅では、道に迷わないこと、歩道が確保されていること、沿道に店舗やトイレがあることが優先されます。最短経路である必要はありません。

避難・社員・帰宅_図5

図5 10km/20km圏に主要河川を重ねた状態
※本図は解説用のダミーデータによるものです。実在の企業・個人のデータではありません。
※スーパーマップル・デジタル27と編集済みオープンデータを使用しています。 

 手順3  渡河点と低地の通過箇所を洗い出す
ルート上で、大きな川をどこで渡るのかを確認します。橋が損傷している可能性があり、渡河中の余震も避けたいところです。麹町を起点にすると、北および北東方面は荒川または江戸川、南および南西方面は多摩川の渡河が課題になります。西方面は大河川を渡る必要こそありませんが、距離が長くなります。ダミーデータでも西方面15名のうち12名が10キロメートルを超えていました。

 手順4  ハザード情報を重ねる
ルート上に洪水浸水想定区域や土砂災害警戒区域を重ね、通過する区間を確認します。東方面のように着色区域がほぼ全面を占める場合は、その方面については待機を続けてもらう判断が妥当な場面が多いと考えられます。

本社市川経路図6 図6 ルート上に浸水想定区域を重ねた拡大図
※本図は解説用のダミーデータによるものです。実在の企業・個人のデータではありません。
※スーパーマップル・デジタル27と編集済みオープンデータを使用しています。

 手順5  休憩できる場所を載せ、方面別に書き出す
災害時帰宅支援ステーションや一時滞在施設、コンビニエンスストアなど、水やトイレを借りられる可能性のある場所をルート上に載せます。最後に方面別に1枚ずつ書き出し、その方面の従業員に配布します。

この地図があると、次のことができるようになります

  • 渡河が不要で距離の短い方面から順に帰宅を開始する、という順序が決まります
  • 浸水想定区域を長く通過する方面については、待機を続けてもらう根拠が示せます
  • 距離から所要時間を概算でき、出発時刻の判断材料になります

無料でどこまで作れるか

ここまでの手順は、費用をかけずに始められます。まずは無料でできる方法から見ていきます。

 方法1  公開情報を印刷して、手で書き込む
避難所の位置は自治体のサイトで、ハザード情報は国土交通省の「重ねるハザードマップ」で確認できます。どちらも無料で、登録も不要です。画面を印刷し、避難先と経路を手で書き込めば、避難所マップは形になります。1拠点で、1枚作るだけなら、これで十分です。

 方法2  公開されているオープンデータを使う
「重ねるハザードマップ」のもとになっているデータの多くは、国土交通省の国土数値情報ダウンロードサイトで無償公開されています。都道府県単位でダウンロードでき、手元のソフトに取り込めば、複数の拠点や従業員の住所とまとめて重ねられます。
ただしオープンデータはGISで編集加工することを前提に整備されているため、属性名や現象種別が番号・コードのままです。そのまま取り込むと、どのフォルダーが何のデータなのか、色分けが何を意味するのかが読み取れません。

 方法3  編集済みのデータを使う
マップルでは、この国土数値情報を編集・加工し、番号やコードを名称のテキストに置き換え、フォルダー構成を整えた状態で無料配布しています。洪水浸水想定区域・土砂災害警戒区域・津波浸水想定・高潮浸水想定区域・急傾斜地崩壊危険区域・地すべり防止区域・災害危険区域・大規模盛土造成地などが、そのまま取り込める形式で揃います。
形式はスーパーマップル・デジタル用です。お持ちであれば、ダウンロードしてすぐに全拠点と重ねられます。お持ちでない場合も、30日間の無料体験版でひととおり試せますので、拠点数や更新の手間に見合うかどうかを確かめてから判断していただけます。

 

スーパーマップル・デジタルは、インストール型のパソコン用地図ソフトです。住所リストの一括プロット、ハザード情報の取り込み、範囲を指定した画像出力まで、本稿の手順をひととおり行えます。通信環境がなくても地図表示・住所検索・ルート作成が可能なので、発災後に通信が不安定な状況でも使えます。
法人向けの機能を見る >

※ ここで扱う区域データは縮尺1/25,000相当の精度でおおよその位置を示すものです。計画を確定させる際は、所在地の自治体や所轄の建設・土木事務所に詳細な区域をご確認ください。 

拠点が多い場合、印刷物に仕上げたい場合

デフォルメマップ作成ツールは、拠点情報を取り込んで全国の地図から任意のエリアを自動で切り出せるソフトウェアです。切り出したデータはAI形式で保存され、Illustrator等で加工できます。
デフォルメマップ作成ツール >

受託制作では、拠点情報をお預かりし、当社が情報の収集・選定・取り込みから地図制作、印刷までお請けします。避難先の災害種別の確認やハザード情報の取り込みは、拠点数が増えるほど負担になります。

なお、作成した地図を印刷して配布したりWebサイトに掲載したりする場合、スーパーマップル・デジタルで作成した地図については別途「複製利用許諾」の手続きが必要になります。運用を決める前にご確認ください。
地図の複製利用について >

よくある質問

Q 3つとも作らなければいけませんか。

A 一度にすべてを揃える必要はありません。優先度の高いものから順に作っていくのが現実的です。すぐに取り組みを始められるという意味では、従業員居住地マップが着手しやすく、名簿があればその日のうちに形になります。人命に直結する場面で使うという意味では、避難所マップを先に整える考え方もあります。自社にとってどちらが差し迫っているかで選んでください。

Q 従業員の住所を地図に載せることに、個人情報上の問題はありませんか。

A 従業員の住所は個人情報にあたるため、利用目的の特定と社内での取扱いルールの整備が必要です。手順1で触れたとおり、最寄駅単位や町丁目単位に丸めれば目的には十分に足りますし、居住地マップは配布物ではないため従業員に開示する必要もありません。

Q 拠点が全国に数十あります。すべてについて同じことをする必要がありますか。

A 一度に全拠点は現実的ではありません。従業員数の多い拠点、ハザード情報で該当区域にかかっている拠点、代替の効かない機能を持つ拠点から着手することをおすすめします。

おわりに

3つの地図は、いずれも平時のうちに作っておくものです。発災してから用意できるものではありませんし、掲示や訓練を重ねて、いざというときに使える状態にしておく必要があります。

着手のしやすさで選ぶなら、従業員居住地マップからです。名簿さえあれば今日にでも取りかかれますし、方面別・距離帯別の人数という数字が出ると、備蓄を何人分そろえるのか、どの方面から帰ってもらうのかまで、次に決めるべきことが芋づる式に見えてきます。避難所マップは拠点の位置さえ決まっていれば単独で作れますので、並行して進めていただいて構いません。

まずは名簿の住所を地図に載せてみるところからいかがでしょうか。

地図のプロフェッショナルである私たちマップルは、社会の安心・安全を守り抜くべく、今後も防災から災害時の緊急対策に至るまで、各種ソリューションを提供してまいります。