2026年09月11日配信
前回は「大字・小字・丁目」という住所の基本単位が、歴史の中でどのように形作られてきたかを解説しました。
日本の住所は、土地の歴史や行政上の管理の変遷を反映しながら、地域ごとに適応した形で使われています。 住所の仕組みが整備されている一方で、時に地図編集者を悩ませ、かつ表現の工夫が一段と重要になる事象があります。それが、同一の自治体内に「全く同じ町名」が存在してしまう「重複町名」や、自治体の境界を挟んで隣り合う「同一町名」のケースです。
場所を特定するための仕組みであるはずの住所に、なぜこのような事態が起きてしまうのでしょうか。その背景には、日本の都市開発や自治体再編における、やむにやまれぬ事情が隠されています。
今回は、この「重複町名」に焦点を当て、具体的な事例を交えながら解説します。
全国の自治体の歴史において、合併や市制・町制の施行にあたり、同じ名称の自治体が誕生したり、あるいは重複を避けるために名称の一部を変更したりするなど、様々な工夫が凝らされてきました。例えば、東京都と広島県にある同じ市名の「府中市」は、どちらも奈良時代の「国府」が設置されていたという歴史的由来から、それぞれ単独で市制を施行した結果、同一の市名となった例です。また、北海道と福島県にある「伊達市」のように、戦国武将・伊達政宗で知られる伊達氏にゆかりがあることから、時を経てそれぞれ市名として採用された例もあります(福島県伊達市は平成の合併時に誕生)。

一方で、重複を回避するために工夫を凝らした例もあります。鹿島神宮で知られる茨城県「鹿嶋市」は、佐賀県鹿島市との重複を避けるため、古くから使用されていた異体字の「嶋」を用いることで同一名を回避しました。
また、沖縄県「宮古島市」の例は、すでに岩手県に「宮古市」が存在していたため、重複を避けつつ、全国的にも認知度が高い「宮古島」という島のブランド力を重視して命名された興味深い事例です。

ほかにも愛媛県松山市との重複を避けるために頭に方位を付けた埼玉県「東松山市」や、奈良県十津川村から移り住んだ人々の歴史に由来して頭に「新」を付けた北海道「新十津川町」など、同一名を避けるためのアプローチは様々です。
こうしたケースは、市町村名だけに限りません。実は、より身近な住所の単位にも同じ名称が存在しており、これらを「重複町名」や「同一町名」と呼んでいます。最初に取り上げる「重複町名」は、同一市区町村内に同じ町名が存在するケースを対象としています。一口に重複町名と言っても、その成り立ちはそれぞれ異なり、非常に興味深いものがあります。ここでは、その背景とともに、重複町名に対して地図編集で施されている工夫についても解説します。
名古屋市には「上山町(かみやまちょう)」と呼ばれる場所が、昭和区と瑞穂区に跨る形で隣接しています。どちらも全く同じ読みと表記になっています。かつて、この地域は「上山」という一つの集落でしたが、政令指定都市における行政区画の再編によって昭和区上山町と瑞穂区上山町という形で、名古屋市内に行政区分の異なる上山町が誕生しました。
両者を隔てる行政区境には道路が走っており、二つの上山町は通りを挟んで向かい合う形で一丁目から四丁目まで、同じような並びで町域が設定されています。同一の町名ではありますが、属する行政区が異なるため、両者が混同されることはほとんどありません。
マップルでは、両町の間には「行政区の境界線」のほか、「町域に異なる色」を設定し、地図を見た時に混同しないよう工夫しています。
大野台三丁目と同じく、政令指定都市に移行する際、2つの行政区に跨る形で町域が設定されたのが「紫竹山(しちくやま)三丁目」です。新潟市の政令指定都市移行における区割り案の策定では、人口規模の平準化に加え、旧合併町村の境界を分断しないことが原則とされました。さらに、歴史的背景や地形・地物、鉄道・道路等の交通網なども総合的に考慮されました。
当初、紫竹山三丁目は主要地方道5号新潟新津線までを町域としていましたが、区制施行に際しては地形(河川)を優先した区割りが採用されたと考えられます。その結果、栗ノ木川の東側が東区、西側が中央区の紫竹山三丁目へと分かれ、2つの行政区に跨る町域が誕生することになりました。
マップルでは、上山町や大野台の例と同様に、「行政区の境界線」のほか、「町域に異なる色」を設定し、地図を見た時に混同しないよう工夫しています。
これまでのケースとは異なり、町名だけでなく「街区符号」までもが同一である点が極めて特徴的です。名古屋駅に隣接する「名駅一丁目から三丁目」は、西区と中村区に跨っています。このエリアでは、道路によって区切られたひとつの街区を分断するように、行政区の境界が設定されています。
背景には、この土地ならではの歴史的な経緯があると考えられます。かつてこの地には笹島町や納屋町といった町がありましたが、区画整理が実施され新しく「名駅」という町名が誕生しました。その際、道路網に基づいた「街区」が設定された一方で、行政区の境界については旧来の境界がそのまま据え置かれたものと推察されます。その結果、ひとつの街区の中に、異なる行政区に属する同一の町名と街区符号が生まれることとなりました。
マップルでは、このような事例においても、「行政区の境界線」や「町域の色分け」はもちろん、詳細図においてそれぞれの行政区における「全ての街区符号を表示」、あるいは「住居番号を表示」しています。これにより、利用する方が地図を見た時に両者を混同しないよう工夫を凝らしています。
熊本市では行政区を跨ぐ町丁目が、なんと15ヶ所もあります。2012年(平成24年)に5つの行政区が設置された結果、多くの町丁目が行政区を跨ぐことになりました。なぜ、このような状況になったのでしょうか。
熊本市の行政区を決めるにあたっては、人口や面積のバランス、山や川などの地形、住民コミュニティや通学区域、さらには警察・消防の管轄や選挙区といった、暮らしに直結するさまざまな項目をベースに検討が行われました。
これにより、これまでの歴史や地域コミュニティ(学校区)を大切にしながら、自然の地形や道路などのインフラを境界線として活用し、新しく合併した地域と中心部がバランスよく一体化できるよう調整が図られました。
マップルでは、これらの事情を考慮しつつ、他の行政区の例と同じく「行政区の境界線」のほか、「町域に異なる色」を設定し、地図を見た時に混同しないよう工夫しています。
ここまでは、政令指定都市の「行政区」の新設によって生じた「重複町名」を見てきました。しかし、これから紹介するのは都市の制度によるものではなく、ひとつの自治体の中に、文字通りの同名や、表記上などで「重複町名」として扱われうる事例です。
浅間山の麓に広がる高冷地のリゾート地である長野県軽井沢町。江戸時代に中山道の宿場町として栄え、1886年(明治19年)に宣教師A・C・ショーによって避暑地として紹介されて以降、世界的なリゾート地へと発展しました。そんな軽井沢町にあるのが、「大字(おおあざ)軽井沢」と、大字のつかない「軽井沢」です。一般的に書類への記載で「大字」の文字を省略することもあるかと思います。また、マップルの地図でも「大字」は省略して表記しています。
しかし、「大字」を省略すると、どちらも同じ「軽井沢」という地名になってしまいます。さらに、軽井沢町は「地番地域」です。「MAPPLE法務局地図ビューア」で確認すると、実際にどちらの地域にも同じ番号の地番が存在しており、住所の文字面だけでは、どちらの「軽井沢」なのかを判別するのは容易ではありません。
この2つの「軽井沢」は、どのようにして誕生したのでしょうか。「旧軽井沢」と呼ばれる地域を中心に、「大字軽井沢」が「軽井沢」を内包する形で町域が広がっていますが、そこには歴史的な経緯の違いがあります。「大字軽井沢」は、かつての軽井沢村の村域がベースになっており、明治期の市町村合併に伴って村名が大字名へと引き継がれました。一方、大字のつかない「軽井沢」は、のちに実施された土地区画整理事業に伴う町名変更によって新設されたものです。
「大字」を省略してしまうことで「文字上の表記は同一であるものの、別個の地域として存在する」という構造は、正確性が求められる地図編集の現場において、非常に頭を悩ませる問題です。しかし、同じ地番が存在するとはいえ、「軽井沢」は観光地として賑わう「旧軽井沢銀座通り」周辺に位置するのに対し、「大字軽井沢」の同地番は山間部にあるため、実際の施設検索などで利用者が混同することはほとんどありません。
マップルでは、こうした実情を考慮して、地図上では「町名」のほか「境界線」や「町域の色分け」といった地図表現を用いて、この課題に対応しています。
福島県福島市には、完全に重複している町名として「大森」があります。こちらは文字・読みともにまったく同じで、長野県軽井沢町の事例のように、区別のための「大字」などの接頭語もありません。さらに、これまでの多くの重複事例では町域同士が隣接していたのに対し、福島市の「大森」は位置がまったく異なっているのが大きな特徴です。
ひとつは、福島駅の南に位置する「大森」です。戦国大名である伊達氏にゆかりのある大森城があり、かつては城下町として栄えました。現在は付近に住宅地や田畑が広がっており、大森城跡は公園として整備され、桜の名所として市民の憩いの場となっています。
もうひとつは、福島駅の北に位置する信夫山(しのぶやま)の山中にある「大森」です。福島市のシンボルでもある信夫山は、古来より信仰の山として崇められてきたほか、こちらも桜の名所として有名です。山中にはハイキングコースが整備され、同じく市民に親しまれています。
どちらも全く同じ「大森」のため、町名だけで判別することは困難ですが、この地域では大字の後に「小字(こあざ)」が付与されるため、そこで見分けることが可能です。また、さすがに二つの「大森」が大きく離れているためか、郵便番号はそれぞれ個別のものが付与されており、配達物への影響はないようです。マップルでは、両者が離れていることもあり、地図上では「町名」のほか「境界線」や「町域の色分け」といった地図表現を用いて表記しています。
新潟県新潟市にある「東栄町」は、文字を同じくしながらも読み方が異なる「重複町名」です。「東栄町」は北区にあり、こちらも福島市大森の事例と同じく、両町の町域は離れています。大森と異なるのは、「ひがしさかえまち」「とうえいちょう」と読み方が異なっている点です。なぜ、このような読みの異なる「重複町名」が誕生したのでしょうか。
それは、豊栄市が新潟市に合併する頃に遡ります。もとは豊栄市にあった東栄町が新潟市に編入合併した際に、既存の新潟市東栄町との重複を避けるため、「豊栄」を冠して「豊栄東栄町」となりました。ところが、新潟市が政令指定都市になった際に「東栄町」に戻ってしまったという経緯があります。そのため、新潟市北区に2つの「東栄町」が並存することになりました。
マップルでは、両者が離れていることや、一方は「東栄町○丁目」、他方は「東栄町」と「丁目」の有無という差異があることから、名称による混同は少ないと判断し、「町域の色分け」で対応しています。ただし、地図の用途によっては、町名の振り仮名を付与しています。
土地の地番が検索できる「MAPPLE法務局地図ビューア」のようなテーマ性の高い地図には、そのテーマならではの「重複町名」が存在します。
例えば、同ビューアで石川県金沢市を確認すると、「利屋町る(とぎやまち る)」と「利屋町ル(とぎやまち ル)」という地名を見つけることができます。これは、前述した新潟県新潟市の「東栄町」のように「表記が同じで読みが異なる」ケースとは異なり、「読み(発音)は同じでありながら、表記(ひらがなとカタカナ)が異なる」という点が特徴です。同様の例として、近隣には「利屋町は」と「利屋町ハ」なども存在します。
これらはそれぞれ「小字」に該当するものです。この地域周辺では、土地を細分化・整理する際の「記号」として、いろは順や十干、十二支、あるいはひらがな・カタカナが小字に多用されています。マップルでは、これらは発音こそ同一ですが文字面での判読が容易なため、通常の地図仕様に準拠した表記を行うことで、分かりやすい表現に仕上げています。
このように「読みが同じなのに表記(字)が異なる」という事例は、ひらがなとカタカナの違いだけに留まりません。例えば、京都府綾部市にある「多田町(ただちょう)」と「忠町(ただちょう)」のように、漢字そのものが異なるケースも存在します。これらもまた、地図上の文字面によって明確に識別されるものの音だけでは区別がつかない、広義の意味で重複町名の一例と言えます。
ここまでは重複町名の例を見てきましたが、重複しているのは町名だけではありません。同一のエリア(大字)という視点でみると「地番」が重複している地域が存在します。
明治時代の地租改正において、一つの大字内にある山間地と耕作地の双方へ、それぞれ1番から順番に地番を割り当てた地域が存在します。これにより、同じ大字の中に同一の地番が生まれることになりました。これらの地番は、山間地にあるものを「山地番」、耕作地にあるものを「耕地番」と区別して呼んでいます。
同一の地番が存在することで、希望する不動産の登記書類を請求する際に目的の土地を間違えて指定してしまったり、現地や住所の位置特定が困難になったりする不都合が生じます。そのため現在、山地番と耕地番の重複状態を無くすための解消作業が行われています。
今回は、前回の「大字・小字・丁目」の仕組みから派生する形で、地図編集者をも悩ませる「重複町名」について、実例を挙げてご紹介しました。
一見すると不合理、あるいは不便にも思える「重複町名」ですが、そこには地域の歴史やコミュニティを守ろうとした、行政や住民のリアルな選択が反映されています。たとえ地図上に同じ名前が並んでいても、かつてひとつの集落だったものが分かれた例や、離れた場所で別々に誕生した例など、その背景にある経緯は様々です。一見すると区別がつきにくい表記も、誕生した理由を紐解けば、それぞれの土地が持つ個々の歩みが自然と見えてきます。
次回は、もうひとつのテーマである、自治体の境界を挟んで隣り合う「同一町名」に迫ります。場所を特定するための住所でありながら、なぜ隣り合う自治体同士で同じ町名が並ぶことになったのか。その背景にある経緯や、地図上での表現の工夫について詳しく解説します。