コラム

地図の雑学|二条城(京都府)~徳川幕府の歴史を見てきた城郭の筆~

MAPPLE法務局地図ビューアで見つけた気になる筆
マップルラボで公開している MAPPLE 法務局地図ビューア。全国の登記所備付地図データをマップルのベクトルタイル上に地図展開し、筆(土地)情報や形状を確認することができます。今回、MAPPLE 法務局地図ビューア(地図)を使って全国で見つけた気になる筆とその土地にまつわる話を紹介します。

◆No.11 二条城(京都府)~徳川幕府の歴史を見てきた城郭の筆~

地図で京都の町並みを見ると、碁盤の目のように東西に延びた道路の中に、堀に囲まれた広大な場所を見つけることができます。筆(土地)を確認すると、町屋の形状をした筆(土地)が集まる所に、地図と同じように堀に囲まれた広大な筆(土地)で登記されていることが分かります。

この筆(土地)は二条城の筆(土地)で、1603 年(慶長 8 年)に徳川家康によって築城されました。外周は約 2km、東西約 600m、南北約 400m に広がっています。二条城は徳川家康が天皇の居住した京都御所を守るため、また、上洛した際に宿泊するための施設として利用されました。

この場所をMAPPLE法務局地図ビューアで見てみる

二条城は時として歴史の重要な場面に登場する城でもありました。徳川家康と豊臣秀頼が会見した場として、また、徳川秀忠・家光の時代には後水尾天皇の行幸が行われ、徳川の世が安定したことを全国に伝えることになりました。幕末の 1867 年(慶応 3 年)には二条城の二の丸御殿の大広間において、時の将軍、徳川慶喜によって大政奉還が表明され、徳川家康より続いてきた政権を朝廷に返上した、歴史が動いた舞台にもなりました。

二条城に残る二の丸御殿は、江戸時代に造られた書院造の建築物として国宝に指定されています。現在、全国に現存する城郭御殿は二条城の二の丸御殿をはじめ、川越城(埼玉県)の本丸御殿、掛川城(静岡県)の二の丸御殿、高知城(高知県)の本丸御殿の 4 つとなっています。

二条城(京都府京都市)

川越城(埼玉県川越市)

掛川城(静岡県掛川市)

高知城(高知県高知市)

改めて二条城の筆(土地)を見ると、外堀に囲まれた城郭の姿がはっきりと表現されています。また、二条城には東西南北の四方に門があり、筆(土地)でもその形状が表れています。

現在でも二条城を見学する際の入口として利用されている東大手門は正門にあたり、筆(土地)では橋が架かっていることが分かる形状になっています。東大手門の控えの門として、京都所司代屋敷の連絡門として使用されていたと考えられている北大手門も東大手門と同様に筆(土地)では橋が架かっている形状になっています。実際に北大手門には外堀に橋が架かっています。

南門には門はあるものの、現在、外堀には橋は架かっていません。しかし、筆(土地)では橋が架かっていた痕跡が残されています。南門は、大正天皇の即位の儀式が京都御所で行われ、饗宴が二条城で開かれた時に、天皇の入場口として造られました。

最後に西門ですが、他の 3 つの門と異なり、筆(土地)では堀になっています。他の 3 つの門には明治時代以降も橋が架かっていたのに対して、西門の橋は明治時代に消失したとされており、そのことが筆(土地)にも影響しているのではないかと考えらえます。しかし、筆(土地)には橋の土台となっていた突起部分が残されており、その昔、橋が架かっていた痕跡が残されています。

徳川幕府の歴史を見てきた二条城ですが、筆(土地)では幕末以降に二条城が歩んできた歴史の一面を知ることができます。

出典:「登記所備付データ」(法務省)を加工して作成

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