コラム

地図の雑学|三池炭鉱専用鉄道跡(福岡県・熊本県)~石炭産業を支えた鉄道の筆~

MAPPLE法務局地図ビューアで見つけた気になる筆
マップルラボで公開している MAPPLE 法務局地図ビューア。全国の登記所備付地図データをマップルのベクトルタイル上に地図展開し、筆(土地)情報や形状を確認することができます。今回、MAPPLE 法務局地図ビューア(地図)を使って全国で見つけた気になる筆とその土地にまつわる話を紹介します。

◆No.49 三池炭鉱専用鉄道跡(福岡県・熊本県)~石炭産業を支えた鉄道の筆~

福岡県大牟田市と熊本県荒尾市にある三池炭鉱は、日本一の出炭量を誇った炭鉱であり、日本の産業を支えました。炭鉱が閉山してしばらくし、宮原坑や三池炭鉱専用鉄道敷跡、三池港など一部の施設は、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として登録されました。炭鉱施設のシンボルとして保存されている万田坑はその中の一つです。

東西に延びる鉄道跡の筆(図の中央)

この場所をMAPPLE法務局地図ビューアで見てみる

地図で万田坑を見ると、周辺の筆(土地)とは異なる西に向かって伸びる筆(土地)があります。この筆(土地)は、この地域を走っていた三池炭鉱専用鉄道の跡です。三池炭鉱専用鉄道は1878年(明治11年)馬車鉄道として開通しました。その後、蒸気機関車、電気機関車へと変わるにつれ鉄路を延ばしていき、大牟田市から荒尾市に点在した各坑や工場を結び、三池港まで繋がる鉄道として発展しました。万田坑で見られる筆(土地)は、この三池炭鉱専用鉄道本線の跡で、万田坑から三池港に向かって延びています。

万田坑や各坑からは石炭が採掘され、その石炭は鉄道によって三池港まで運ばれていました。鉄道は石炭の運搬を目的としていましたが、人々を乗せて走る旅客輸送も行われ、石炭や物資の運搬、通勤用としても利用され、「炭鉱電車」と呼ばれました。しかし、炭鉱の閉山など石炭鉱業の衰退に伴い鉄道は縮小され、最後まで残っていた路線もトラックなど輸送手段の変更に伴い、2020年(令和2年)に廃線になりました。

劇的に変化した三池炭鉱専用鉄道跡と万田坑跡周辺

現在、三池炭鉱専用鉄道の沿線にはショッピングセンターや住宅地が立ち並び、炭鉱町であった当時の面影はほとんど残されていません。しかし、三池炭鉱専用鉄道の盛土や枕木、鉄橋など一部の遺構が残されており、筆(土地)と合わせて見れば、三池炭鉱専用鉄道が走っていたルートと沿線にあった炭鉱の遺構を辿ることができます。

出典:
国土地理院ウェブサイト「地理院地図(電子国土Web)データ」(国土地理院)をもとに加工して作成
「登記所備付データ」(法務省)を加工して作成

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