地図の雑学|長浜・豊公園(滋賀県)~筆の湾曲部から長浜の歴史が見えてくる~

2026年02月06日配信

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MAPPLE法務局地図ビューアで見つけた気になる筆
マップルラボで公開している MAPPLE 法務局地図ビューア。全国の登記所備付地図データをマップルのベクトルタイル上に地図展開し、筆(土地)情報や形状を確認することができます。今回、MAPPLE 法務局地図ビューア(地図)を使って全国で見つけた気になる筆とその土地にまつわる話を紹介します。

◆No.92  長浜・豊公園(滋賀県)
~筆の湾曲部から長浜の歴史が見えてくる~ 

琵琶湖に面した滋賀県長浜市は、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)が築いた長浜城を中心に城下町として発展しました。江戸時代に城は取り壊され統治の中心地は彦根へと移りましたが、長浜は北国街道が通る宿場町として、京都・大阪と北陸を結ぶ人々で大いに賑わいました。現在も街道沿いには当時の面影が残り、多くの観光客が訪れています。また、かつての城跡である豊公園(ほうこうえん)内には、模擬天守が再築され「長浜城歴史博物館」として親しまれています。

長浜城

豊公園

長浜城と豊公園

豊公園の周辺には湖の畔に建つ太閤井址の石碑や秀吉像など歴史を感じさせる施設が点在していますが、中でも地図に残る「湾曲した筆」は、明治時代以降の長浜の変遷を色濃く表しています。

豊公園・長浜港構内道に沿って設定されている湾曲した筆

かつて湖上交通の要衝だった長浜では、明治時代に長浜城の内堀を開削して、駅の目の前に港が作られました。港からは大津へと繋がる鉄道連絡船が就航し、物流の拠点となりました。

長浜_古地図_赤丸あり

赤丸が筆の湾曲部

明治時代の地図と照らし合わせると、この「湾曲した筆(土地)」が、当時の湖岸線であったことが分かります。実際に現地を歩いても、現在は街路や駐車場となっており当時の面影はありません。しかし、筆(土地)の中にはかつての様子が今も残されています。

竹生島_加工済み竹生島

こうした独特な湾曲した筆(土地)が残っている背景には、長浜における交通の変遷と港の発展に深い関係があります。大津へと東海道本線が開通すると、港の役割は観光へとシフトしますが、砂の堆積や船の大型化に伴い、1963年(昭和38年)に琵琶湖の湖岸を埋め立てて現在の新しい長浜港が開港しました。今では、国宝など歴史的価値のある建築物が多く建つ竹生島への玄関口として多くの観光客で賑わいを見せる観光拠点となっています。

1961年~1969年-1

2024年

1961年~1969年と2024年の空中写真

その後、長浜港には港に隣接する形で豊公園が拡張し、長浜城や長浜文化芸術会館などが建設され、長浜を代表する観光地となりました。その様子は1961年~1969年と2024年の空中写真を比較すると、かつての港の形と、現在の埋め立てられた豊公園の広がりが一目で分かります。

このように「湾曲した筆(土地)」は、複数の資料を組み合わせることで、長浜の歴史と変遷を辿ることができます。

出典:
国土地理院ウェブサイト「地理院地図(電子国土Web)データ」(国土地理院)をもとに加工して作成
「登記所備付データ」(法務省)を加工して作成
明治39年測図大正2年製版5万分の1「長濱」 大日本帝国陸地測量部
 

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