地図の雑学|下総御料牧場跡(千葉県)~筆に残る1マイル馬場の痕跡~

2026年01月23日配信

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MAPPLE法務局地図ビューアで見つけた気になる筆
マップルラボで公開している MAPPLE 法務局地図ビューア。全国の登記所備付地図データをマップルのベクトルタイル上に地図展開し、筆(土地)情報や形状を確認することができます。今回、MAPPLE 法務局地図ビューア(地図)を使って全国で見つけた気になる筆とその土地にまつわる話を紹介します。

◆No.91  下総御料牧場跡(千葉県)
~筆に残る1マイル馬場の痕跡~ 

その昔、成田国際空港の近くに広がる住宅街には、日本の近代畜産の礎を築いた下総御料牧場がありました。地図で確認すると、楕円状に筆(土地)が設定されていることが分かります。この楕円状の土地こそが、かつて牧場があった痕跡であり、サラブレッドが疾走していた1マイル馬場の跡です。

三里塚御料牧場

この地は三里塚と呼ばれ、江戸時代には「佐倉七牧(さくらななまき)」の一つに数えられていました。佐倉七牧とは、江戸幕府が軍馬や使役馬の供給のために整備した7つの牧場の総称で、古くから牧場地として利用されてきました。明治時代に入ると、1875年(明治8年)に内務省所管の「下総牧羊場及び取香(とっこう)種畜場」が開設され、1885年(明治18年)には宮内省へと移管され「下総種畜場」となりました。1942年(昭和17年)には「下総御料牧場」へと改称されましたが、その後、近くに新東京国際空港(現:成田国際空港)の建設が決定すると、1969年(昭和44年)に栃木県へ移転しました。

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当時の下総御料牧場では、先進的な輸入農機具や畜産技術が積極的に導入され、馬や牛、綿羊、豚、鶏などが飼育されました。畜産加工品の生産だけでなく、野菜や牧草の栽培、植林も行われ、その実績から「日本獣医学発祥の地」とも言われています。
さらに、ここには1マイル(約1,609メートル)もの広大な馬場があり、活気あふれる草競馬が開催されていました。明治天皇も行幸され、その光景を観覧されたという記録が残っています。現在、その馬場跡に整備された三里塚第1公園には、明治天皇が観覧されたとされる馬見場が残されています。

三里塚古地図_赤丸あり赤丸が馬場

そして、この1マイルの馬場こそが、冒頭に紹介した楕円状に沿って設定された筆(土地)にあたります。古い地図を見ると、当時の馬場の姿が描かれており、筆(土地)もそのカーブに沿って設定されていることから、まさに当時のトラック部分であったことが想像できます。

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また、筆(土地)は、名馬たちが駆け抜けた栄光の記憶も伝えています。牧場からは初代日本ダービー馬「ワカタカ」をはじめ、数々のダービー馬が輩出されました。牧場で培われた競走馬の育成ノウハウは、日本の近代競馬の発展に寄与することになったのです。(写真は東京競馬場)

三里塚記念公園

下総御料牧場についてより詳しく知りたい方は、三里塚記念公園を訪れることをおすすめします。公園内にある「三里塚御料牧場記念館」では、下総御料牧場の歴史や畜産振興の実績と記録に関する貴重な資料が展示されており、当時の様子を伺い知ることができます。

出典:
「登記所備付データ」(法務省)を加工して作成
明治36年及37年測図大正2年鉄道補入同5年改版5万分の1「成田」 大日本帝国陸地測量部
 

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