2025年08月27日配信
近年、国や自治体などの公的機関が保有・整備する情報が「オープンデータ」として積極的にインターネットで公開されています。企業や研究団体での利活用や、行政内部での再活用がますます促進され、「オープンデータ」の認知度も高まってきました。
一方で、専門性の高いデータ形式であったり、利用条件が複雑、全国での統一性が完全ではないといった、利用者にとってみるとハードルが高いという側面があるのも「オープンデータ」の現状であるといえます。
私たちマップルでは、「オープンデータ」を誰でも簡単に閲覧できる、活用できることを目指して、『スーパーマップル・デジタルですぐに使える 編集済オープンデータ無料ダウンロードサイト』を公開しておよそ1年が経ちました。
こちらのサイトで提供しているすぐに使えるように二次加工されたオープンデータは、多くの利用者の方からたくさんのご好評をいただいており、先般データのリニューアル、データ種の増強をいたしました。
データのリニューアル、データ種の増強にあたっては、マップルが販売する地図やPOIデータの整備を担うグループ会社である「株式会社昭文社クリエイティブ」に委託することとなりました。
今回の「リニューアル、増強」では、元の素材であるオープンデータの品質を損なうことなく、利用条件を確実に満たし、そして短期間、低コストで行うことが求められるプロジェクトとして『オープンデータ利活用促進プロジェクト』が発足しました。
本コラムは、その任に着いた昭文社クリエイティブに所属する気鋭の社員が、その業務経験を通じて得たこと、感じたことを中心に、オープンデータ利活用の課題や将来のビジョンを綴った一編になります。
オープンデータにご関心のある方や、オープンデータって何だろうという方には、担当者の思いを感じ取っていただきつつ、オープンデータについてより身近に感じていただきたいと思います。
はじめまして。マップルのグループ会社である株式会社昭文社クリエイティブで、POIや地図の更新を担当している山本沙野香と申します。2024年4月に新卒で入社し、今年で2年目です。
このたび、以下に述べる「プロジェクト」の業務が一旦完了した今、「コラム」で業務後記を書いてみないかという声掛けがあり、プロジェクトを振り返ってコラムを書いております。
仕事にも少し慣れてきた入社1年目の秋、突如、社内の「オープンデータ利活用促進プロジェクト」の担当者に任命されました。大学院で地理学を専攻していた私にとって、オープンデータは馴染み深いものでした。学生時代の研究では、国勢調査や用途地域といった公的なデータを使い、地域の特性を分析していたからです。
とはいえ、いくら馴染みがあるからといって、入社1年目の私がプロジェクトの担当者になるとは全くの想定外です。
不安な気持ちで参加したWeb会議。画面に映るまだ面識のない先輩社員たちと、仕事がとんとん拍子で決まり、社会のスピード感に圧倒されたのを覚えています。

本プロジェクトの目的は、国がインターネットで公開する既存のオープンデータ※1を、マップルの製品※2上でより付加価値の高い形で利用できるよう、編集・加工することにあります。この重要な制作工程が、本年度より私たちの部署に移管されることになり、その最初の担当者としての役割を担うことになったのです。
※1 国土数値情報ダウンロードサイト
※2 スーパーマップル・デジタルですぐに使える編集済オープンデータ無料ダウンロードサイト
さて、私が担当することになった「オープンデータ」ですが、皆さんはどのようなものかご存知でしょうか。
日ごろから「オープンデータ」を活用されている方はよくご存知だと思いますが、あまり知らないという方や名前くらいは聞いたことがあるという方も多いのではないでしょうか?
一言でいうと、「国や自治体などが、誰でも自由に使えるように公開したデータ」のことです。
しかし、単に情報がインターネット上で閲覧できるように公開されているだけでは、オープンデータとしての要件を満たしません。その本質は、以下の3つの条件に集約されます。
営利目的でも利用できる
自由に加工や再配布ができる
コンピューターが自動で処理しやすい形式である
といった点が重要な条件となります。
これらの条件が揃うことで、例えばハザードマップや乗り換え案内サービスのように、企業や自治体などがデータを活用して私たちの生活を便利にする新しいサービスを生み出すことができるのです。
このように、オープンデータは社会を豊かにする大きな可能性を秘めています。
しかし、いざ「作る」「使う」立場になってみると、その理想とは裏腹の、一筋縄ではいかない現実が見えてきました。
国や自治体などの公的機関が公開できるオープンデータとは
営利目的でも利用できる
自由に加工や再配布ができる
コンピューターが自動で処理しやすい形式である
ということを満たすものであり、そのデータを通じて民間企業や個人・団体などがそのデータを活用することで新たなサービスや価値を創造し、経済の活性化や豊かな社会の実現に寄与するものでもあります。

最初にぶつかったのが、データの「基準」、つまり「ものさし(閾値)」が全国の自治体でバラバラだという問題です。
特に、津波浸水想定データと高潮浸水想定区域データにおいて、その分類基準となる閾値が標準化されていないという問題です。
具体的な事例を以下に示します。
青森県:「0.3m未満」「0.3~0.5m」「0.5~1m」「1~3m」「3~5m」… とおおむね2m間隔で設定
神奈川県:「0.3m未満」「0.3~1m」「1~2m」「2~3m」「3~4m」… とおおむね1m間隔で設定
この2パターンが多かったものの、中には全く異なる基準を持つ自治体が7つもありました。
全国統一の地図を作る上で、A地点とB地点でデータの「粒度」が違うというのは致命的です。これでは、同じ地図の上で正確な比較ができません。まるで、センチメートルとインチが混在した設計図で家を建てるようなものです。

次に、意味的には同一であるデータに対する書式の非統一性、いわゆる「表記揺れ」も、同様に深刻な課題でした。これは、オープンデータの要件である「機械判読性」を阻害する要因となります。
例えば、「0.3m以上0.5m未満」を示す値の表記ひとつをとっても、
「0.3m~0.5m未満」:すべて全角のパターン
「0.3m以上0.5m未満」:「~」が「以上」になっているパターン
など、多様なバリエーションがありました。
これらの差異は、人間による解釈では些細なものですが、プログラム上はそれぞれが個別のデータとして認識されるため、処理エラーの直接的な原因となります。結果として、この「表記揺れ」を吸収し、データを正規化するためのクレンジング処理は、当初の想定を大幅に超える開発工数を要求しました。
最終的に、津波浸水想定区域では、以下の図のように、
2m~3m未満
1m~2m未満
0.3m~1m未満
0.3m未満
といった具合に、概ね1m間隔を全国統一基準として加工し、また、「~」や「以上」のような表現のばらつきを吸収して、同種の情報をフォルダ別に収録する構造に加工しています。

地図ソフト「スーパーマップル・デジタル26」にデータを取り込んで表示した例
「オープンデータ」という呼称とは裏腹に、その利用許諾条件は、自治体ごとに顕著な差異が見られました。例えば、以下のようなケースです。
再配信不可(二次利用(加工・編集・再配布)の禁止)
独自の公開条件等(再配布にあたり、事前の行政申請等を義務付けている)
使用条件の未回答(使用条件を行政に直接聞く必要がある)
不完全な公開(そもそも一部データが非公開となっているケース)
マップルのサービスとしてデータを展開するには、これらの利用許諾を精査し、再配布の条件を確実に満たす必要があります。そのため、私と上司の二人で、47都道府県が公開する12種類のデータを対象に、網羅的な許諾状況の確認を行いました。
このプロセスは、「オープン」という言葉の定義と、その運用実態との間に存在する、構造的な問題を浮き彫りにしました。
各自治体のルールには、それぞれの背景や事情があることは想像に難くありません。しかし、その許諾条件の不統一性が、結果として広域での防災サービスの構築や新たな研究開発といった、価値創出の機会に対する抑制効果を生んでいるとしたら、それは公共データが持つ潜在的な社会的利益の損失に繋がるのではないかと感じました。
この事実は、本プロジェクトの意義をより深い次元で定義づけるものでした。私たちの作業は、単なるデータ処理ではなく、行政が掲げる理念と、実際の利用場面との間にある断絶を繋ぐことにあると思います。公開されてはいるものの、そのままでは使いにくいデータを、利用者の視点に立って丁寧に整え、真に価値ある形に仕立て直す、というこの地道な工程にこそ、私たちの専門性が最も発揮される領域だと強く認識しています。
公共性の高い「オープンデータ」であればこそ、特に自然災害の危険を示すハザード情報は全国網羅的で同じ基準で整備されたデータであることが重要

先ほど述べた数々の課題は、オープンデータを扱う上で避けられない、実践的な障壁と言えるでしょう。これらを乗り越えるには、直属の上司や作業依頼元であるマップルの担当者、経験豊富な有識者といった、組織横断的な協力が不可欠でした。その結果、私たちは全国12種類のデータを、統一された基準と形式を持つデータセットと、それをつくるための処理プログラムを整備し終えることができました。
そして、このプロジェクトは私に重要な視座を与えてくれました。それは、単にデータが「オープン」にされていることと、それが「利用可能」であることの間には、隔たりが存在するという事実です。
実はこの課題の入り口は、学生時代の研究でも経験していました。例えば、よりミクロな字町丁目単位のデータを分析しようとしても、個人情報保護の観点から開示に制限があり、結局は現地での実地調査で補いました。他にも、そのデータを入手するには役所や図書館に行く必要があったり、データを持ち帰るには印刷料金や発行手数料がかかったりする場合もありました。
当時はそれを単なる「利用者側の制約」としか捉えておらず、今回、初めて「作り手」の立場に立ったことで、データの価値を真に引き出すための、データキュレーション、つまり「生のデータを再構築する」という工程の重要性を、身をもって痛感しました。
この経験は、私たちの役割が単なるデータの加工・編集に留まらないことを示唆しています。乱立する基準や形式を吸収し、利用者がその差異を意識することなく使えるようにするラストワンマイルにこそ、私たちの介在価値があるのだと確信しています。
公開サイトからダウンロードしたオープンデータ(GeoJSON形式)を地図ソフトで読み込むと、左図にように無色でプレーンな情報として表示されるため、実際に使うためには地理情報システム(GIS)で設定を調整して仕上げていく必要があります。
そのためにはGISを扱える技術やノウハウが不可欠で、調整にも多大な労力を要します。
今回、私たちのプロジェクトでは、右図のように属性に紐づいた名称を表記したり、要素ごとにカラーを設定して視認性を向上させたり、といった技術とノウハウが反映されたことにより、使えるデータに仕上がっています。
データ内の仕様や表記の揺らぎを吸収するだけでなく、デザインの最適化も使いやすさに直結する要因となります。
オープンデータを地図ソフトで取り込んだ状態
加工・編集が施されたオープンデータ
本プロジェクトは、まだ第一歩を踏み出したに過ぎません。
今後はこの知見を活かし、データ整備プロセスのさらなる効率化を追求します。また、これまでのオープンデータ利活用の経験を基に、データ作成の源流である行政機関と連携し、より使いやすく価値の高いオープンデータの創出にも貢献していきたいと考えております。
地図情報に携わる者として、データの持つ無限の可能性を社会の利益へと着実に還元していくことが、私の使命です。
最後までコラムをお読みいただき、ありがとうございました。
本プロジェクトの成果は、マップルの「スーパーマップル・デジタルですぐに使える 編集済オープンデータ無料ダウンロードサイト」で公開されています。

是非こちらのサイトをご覧いただき、実際のデータをご覧いただけると幸いです。
なお、「スーパーマップル・デジタルですぐに使える 編集済オープンデータ無料ダウンロードサイト」からダウンロードいただいたデータは、マップル製の地図ソフト「スーパーマップル・デジタル」でご覧いただけます。
「スーパーマップル・デジタル」をお持ちでない方は、体験版にてご利用いただくこともできますので、まずは体験版をダウンロードの上データをご覧ください。