コラム

利用者にとって使いやすい地図を追求するマップルの地図の魅力~元・昭文社地図編集部長が語る地図へのこだわり~(紙地図編)

昭文社グループのデジタルソリューション事業を担うマップルが、徹底的にこだわっていること。それは地図の「見やすさ」と「使いやすさ」。これは創業以来受け継がれてきた昭文社グループの文化とも言えるもの。今回のコラムでは、昨年まで昭文社の地図編集部長を務めた隈部元英に、具体的な地図の企画手法などを聞き、どのようにして、見やすく使いやすい地図が作られて来たのかを掘り下げたいと思います。そこには、徹底した現場主義へのこだわりがありました。

隈部 元英 株式会社マップル ビジネスプロデューサー
1992年に株式会社昭文社(当時)入社。地図編集部に所属し、新刊企画担当として「首都圏ロードサイド便利ガイド」や「渋滞ぬけみち道路地図」など数々の地図出版物を世に送り出す。2003年からは旅行書編集部に所属し、旅行ガイドブック「まっぷるマガジン」と連動した「観光ガイドデータ」の制作・運用に従事。販促部門で読者の満足度向上やブランド価値向上のためのCRMソリューションを導入する。2009年からは全社戦略部門にて紙とデジタルの融合を目指した出版物連動アプリ「まっぷるリンク」の立ち上げに参画。その後、統括部長、企画推進部長を歴任し、2017年からは電子プラットフォーム事業室長として観光WEBサイト「まっぷるトラベルガイド」をローンチさせる。2020年からは地図編集部長として地図出版物や関連アプリケーション企画を統括。2022年4月から株式会社マップルに転籍し、現在はビジネスプロデューサーとして、これまで培ってきた様々な経験を活かし、外部企業との協業推進や地域活性化に向けて邁進中。

目次
地図への思い
企画の基本は、徹底した現場主義と使う人目線
地図という限られたスペース
使う人目線で表現したドライバーズビュー

地図への思い

──今回は地図に関するコラムということで、これまで様々な地図を企画されてきた隈部さんに色々伺いたいと思いますので、宜しくお願いします。まず隈部さんのご紹介にフォーカスしたいと思いますが、そもそも昭文社に入社したきっかけを教えていただけますか?

隈部:やはり地図が好きだったということに尽きます。もともとはマスメディア業界を志望していましたが、就職先を絞った時に、やはり一番好きなものを仕事にしようと思い、地図会社を選びました。当時は出版社でしたので、マスコミ業界はブレていないと思います(笑)

──地図好きはいつから?

隈部:小学生の頃です。父親が1/25,000地形図を買ってきてくれた事がきっかけでした。当時の住まいは愛知県豊田市。1/25,000地形図を何枚も貼り合わせて、豊田市域全体が入る巨大な大判地図を自作して、ひたすら眺めていました。

──小学生の頃から地形図を繋げて自作、ですか。

隈部:一般的ではないですよね(笑)。自分が普段通る通学路や遊びに行く公園・小川といった脳内の記憶と、俯瞰して見ている地図の場所が一致した時にすごく感動しました。あと、地図好きはおそらく遺伝的要素も大きいと思っています。父も地理や地図が得意でしたから。

──地図の遺伝子が脈々と受け継がれている、と。

隈部:おそらく。地図好きの人は同じような環境の人が多いように感じます。

──地図好きが高じて昭文社へ入社されたわけですが、最初から地図編集が担当でしたか?

隈部:はい。全員が地図制作に携われるわけではない中、新卒で配属された部署が地図編集部で、とても嬉しかった記憶があります。

──地図編集部で様々な地図を企画されていますが、特に記憶に残っているものはあります?

隈部:もちろん提案段階でボツになる企画も多いのですが、製品化した中だと「首都圏ロードサイド便利ガイド」「渋滞ぬけみち道路地図」「GIGAでっか字道路地図」の3つが思い出深い商品です。

企画の基本は、徹底した現場主義と使う人目線

──「首都圏ロードサイド便利ガイド」は、どんな本ですか?

隈部:「首都圏ロードサイド便利ガイド」は道路沿いにある飲食やコンビニなどのチェーン店をロゴのみで掲載した、当時としては画期的なものでした。出版した2000年頃は、バイパスなどのロードサイドに続々とチェーン店が進出しており、同じチェーンであれば同じ名称が道路沿いに並ぶ事になる。そうすると、文字だらけの地図になってしまい見づらくなるわけです。そこで、直感的に分かるようにチェーンのロゴマークのみを記号的に地図に記載しました。

──地図上のチェーン店ロゴマークも、当時は文字で書かれていたのですね。

隈部:チェーン店のロゴはとても工夫されていて、一目で直感的に分かるように作られているんです。それなら地図上でも文字よりロゴを掲載した方が分かりやすいですよね。当時からすでにガソリンスタンドとコンビニエンスストアはロゴで表記されていましたが、それ以外の道路沿いの店舗すべてを徹底してロゴで表記し、実際に運転している時の眺めと地図上の表現に出来るだけ差が出ないよう注意して作りました。結果として、地図上の道路沿いには店舗名称ではなくチェーンのロゴが並ぶ事になり、自動車からのリアルな車窓イメージとかなり近づきました。この地図は一般のドライバー向けだけでなく、マーケティングツールとしてのニーズもあって。ライバル企業の出店動向を探るために利用したい、というお問合せもありました。

──たしかに、競合の出店場所がパッと分かる。マーケティングにはもってこいです。

隈部:地図の使われ方は、編集側が意図したものだけではないことを思い知らされました。地図は色々な用途で使われますので、そこは地図の面白いところの一つですね。

──ほかの地図についても教えてください。

隈部:「渋滞ぬけみち道路地図」は、とにかく渋滞を回避したいユーザー向けに渋滞情報とその回避ルートを徹底的に調査して出版しました。

──ドライバーにとって、渋滞は大きな課題です。

隈部:渋滞というのは、同じ道路でも時間や場所によって発生するタイミングが異なる。例えば、平日朝は都心方面・夕方は郊外方面へ渋滞する道路も、休日朝は郊外方面が渋滞したりする。大規模商業施設の周辺だと、平日と休日の差が大きいです。

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──確かに、渋滞するポイントは時間条件で異なりますね。

隈部:改訂した「渋滞ぬけみち道路地図」が画期的だったのは、思い切って休日のレジャー向けと平日のビジネス向けの2冊に分冊した点です。分冊した事でそれぞれの利用者向けに最適な情報に絞って提供することが出来ました。

──不要な情報はいっそ削除することで、使いやすくしたわけですね。

隈部:そこにある情報すべてを詰め込んだ地図がみんなにとって便利とは限らない。使う人にとって必要な情報があることが、本当の意味で使いやすい地図。そういう意味では、みんなが使いやすい地図は無いと思っています。

──「GIGAでっか字道路地図」も同じように情報が整理されたものですか?

隈部:「GIGAでっか字道路地図」は情報の整理というより、表現です。当時からあった、地図が見づらい、文字が小さいといった紙地図の宿命ともいえる課題に真正面から取り組んだ、初めての地図ともいえます。自分の中では一番の自信作で、当時の紙地図表現における1つの到達点だったと自負しています。

 

──小学生から地図が好きな人に、地図が見づらいという気持ちがわかりますかね…。

隈部:もちろん、わかりません(笑)カーナビがない当時、ドライブ中に助手席の彼女にナビを頼むものの「地図が見にくい」と良く言われました。地図好きの私からすると理解出来ないけれど、ユーザーのリアルな声として真剣に向き合って解決したいと思い「GIGAでっか字道路地図」を企画しました。

──地図が見にくい、に寄り添ってもらえるのは嬉しいです。どのように企画が進んだのでしょうか。

隈部:まず、地図が見にくいとはどういうことか?を徹底的に検討しました。様々なパターンがありますが、大きなポイントは「現在地と目的地までの道順を把握できない」ことだと考えました。
では、なぜ把握できないのか?これは生まれ持った方向音痴的なお話を別にすれば、リアルな風景と模式化・単純化された地図の図式(デザイン)があまりに離れすぎていて、脳内で変換が追いついていない状態だからです。
この点を解決するためには、地図の表現などをなるべく現実世界に近いものにする必要がある。社内メンバーやデザイナーと議論を重ねて出来るだけ現実世界の標識などと同じような色やフォントにし、さらに文字の大きさをより大きく見やすくしました。こうして「GIGAでっか字道路地図」が誕生しました。

──お伺いした限りですと、幅広く調査・分析するよりも身近な体験をもとにした企画が多いですね。

隈部:そうですね。B2C向けのマーケティング分析なんかもしましたが、意外とこういうところから企画に発展することの方が多かったです。実際に便利かどうかは使っている人にしかわからないので、自身が感じたことはもちろん、身近なユーザーの声に耳を傾けることは常に意識していました。これは新製品の企画や改善を図る際に、今でも一番大事にしています。

地図という限られたスペース

──地図を企画する上での工夫を聞いてきましたが、地図編集という仕事について聞いていけたら。いきなりですが、地図編集者の醍醐味はなんですか?

隈部:地図に掲載する情報って、そこにある事実情報なので誰が収集しても同じです。決まったルールに沿って情報収集するだけなら、お金と時間を掛ければ誰でもできる。しかし、地図という限られたスペースの中で全ての情報を掲載することは出来ません。収集した情報を網羅的に掲載するだけでは何が大事な情報なのか分からず、とても使いにくくなってしまいます。

──確かに、文字ばかりの地図は困ります。

隈部:地図を利用する人の立場に立って、その人の利用目的に合わせて最適な地図は何か?をじっくり考え、そのために必要な情報や見せ方を工夫する。すると、その人にとってとても使いやすい地図になるわけです。ここが地図編集者の一番の腕の見せ所であり、醍醐味だと感じます。

──隈部さんのこだわりは、掲載する情報の取捨選択にある、と。

隈部:単に情報の取捨選別だけでなく、見せ方という点もかなり考えていました。

──道路の線というレイアウトは変えられないので、見せ方というと配色とかでしょうか。

隈部:もともと昭文社には、どんな形で情報を掲載すれば見やすくなるか、という教えが脈々と受け継がれています。丁目別の色分けなどが分かりやすいですが、もっと細かく言うと、文字と文字の間隔をどのくらい開ければ良いか、漢数字と算用数字の使い分けなんかも徹底している。そういう点では、徹底的にユーザー目線に立って作って来たので、多くのお客様に「見やすい地図=昭文社」と評価いただいたと思っています。

当時、配布された地図編集のマニュアル集。

──素人目線でも地図の色分け表現はまっぷるシリーズの特長と思っていましたが、他にも様々なルールが存在するわけですね。

隈部:とはいえ、基本ルールだけでは多種多様な企画に対応出来ないので、企画ごとに各編集者がアレンジしています。例えば、先ほどお話しした「でっか字道路地図」は、単純に言えば大きな文字を採用して見やすくした地図ですが、単純に文字を大きくしただけでは道路地図にとって必要な交差点名や道路名、大字町名、店舗名などが全く入らなくなってしまう。ここにも一層の工夫が必要でした。

──限られた掲載スペースで、どのような工夫を?

隈部:紙面上の面積を取らないように大きく2点、工夫しました。
1点目は、文字を思い切って大きくする代わりに縦横比を変えて細長い文字にし、通常より大幅に詰めて文字を短くしました。スペースの有効活用です。
2点目は、地図上の文字を行政、交通、地形、施設・店舗などに細かく分類して、それぞれの分類ごとに文字の色やフォントを細かく変更しました。そうすると、いちいち文字を読まずとも一瞥で「この色・フォントはこの情報」と認識できる。脳の処理負担を少しでも減らす効果があります。
こうした工夫の結果、ユーザーから「文字が大きくて見やすい割には、情報量はそこまで損なわれていない。かつ、重要な道路とそうでない道路のメリハリがあって道路ネットワークが掴みやすい。とにかく見やすくて分かりやすい地図」と好評を得ることが出来ました。

──情報伝達、という点で脳内の処理負担を考慮することは重要ですね。マジカルナンバー的な。

使う人目線で表現したドライバーズビュー

隈部:表現面での大きな工夫は、首都高の表現です。
課題は、首都高の複雑な構造。都市部の道路上や堀などを利用して造られているため非常に複雑です。必ずしも出入口が対ではなかったり右車線からの分岐や合流が多かったりするため、普段から走り慣れていない方にとっては高速道路に乗ることも難しいと思います。首都高が初めての人でも迷わないようにするにはどうすれば良いか?これはかなりの難題でした。

──初めての人でも迷わずインターチェンジから乗れるように、は大きな目標ですね。

隈部:首都高の表現にも、地図を使うドライバーの視点を意識しました。
表現の工夫をこらすため、全ての首都高速を何度も走行しデジタルカメラで何千枚もの画像を撮影し、これを参考資料として出来た企画が「ドライバーズビュー」です。
「ドライバーズビュー」は車のフロントガラス越しに撮影した写真をもとに描き起こした、まさしくドライバーの視点から、判りにくい首都高速の入口を図示した地図です。これは当時の2次元の地図にとっては画期的で、今までは平面上の地図をもとに類推するしかなかった景色・風景が、まさにドライバーの視点でそのまま描かれている。発売当初よりかなり好評を頂いたのを記憶しています。

ドライバーズビューは今ではカーナビでは欠かせない表現。

──リアルな風景=地図の図式に、ですね。

隈部:「ドライバーズビュー」は出版物だけでなく、当時のデジタルコンテンツ部門(現・株式会社マップル)でカーナビゲーション向けのコンテンツとして販売され、実際に何社かのカーナビメーカーに採用していただきました。
今でこそ平面の地図と実際の現地の景色・風景を掛け合わせて利用する事が当たり前となっていますが、その先鞭を付けたのは日本のカーナビゲーションであり、その元祖は首都高速便利ガイドの「ドライバーズビュー」だと思っています。

利用者にとって使いやすい地図を追求するマップルの地図の魅力~元・昭文社地図編集部長が語る地図へのこだわり~(デジタル地図編)へつづく

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